温泉・貸切露天風呂:新潟の温泉旅館「嵐渓荘」

2014年04月08日

嵐渓荘の福光桜

嵐渓荘の福光桜

3月の暮れ、燕市に震災復興の絆の証として桜が寄贈され、
その桜は「福光桜」と名づけられました ※燕市長さんのブログ記事
「福光桜」
災害からの「復興」と「福を呼び永遠に光輝く」という二重の意味の命名。
いい名前ですね。
実はちょうど同じ頃…
※嵐渓荘の場合は3年前の地震ではなく水害からですが、
災害からの復興と未来への希望の植樹として「しだれ桜」を寄贈してくださる方がありました。
京都の男性お二人で1月に嵐渓荘へお泊まりになられた方です。


嵐渓荘の福光桜

桜は京都から600キロの長旅をして新潟にやってきました。
洛西ガーデンさんブログ記事

嵐渓荘の福光桜

本当は花が咲く前に植樹したかったそうで、
雪をどかしたりして準備もしていたのですが、
京都と新潟の気温差はいかんともしがたく、
花が咲いたまま桜は植えられました。

嵐渓荘の福光桜

これから新潟も暖かくなっていきますから、
きっとうまいこと根付いてくれると思います。
根付くまでは何年かかかるようですのでしっかりお世話致します。

この桜がここへくることになったいきさつです。
嵐渓荘をいつもご贔屓にしてくださる今泉先生というお客様がいらっしゃいます。
先生は京都にちょくちょくお出かけになられます。
先生が京都へいくと顔をだす、宮川町の本城さんというお店があります。
2年前に私たち夫婦で京都へ紅葉のライトアップ研究にでかけたとき、
そちらのお店のバーに立ち寄りました。
「うちの宿の庭も桜や紅葉でにぎやかにしたい」というお話をしました。
そんなお話がぐるっとまわって今泉先生のお耳に入ったそうです。
今年の一月、今泉先生が京都のお友達を雪見露天にご招待されました。
その時、そのお二人に嵐渓荘に桜を贈ってあげたいんだと先生はお話されたのだそうです。
三人は雪見露天風呂の風情を存分に楽しんで、
京都へ戻られる頃には桜寄贈の話が本当の話になっていました。

嵐渓荘の福光桜

今年の3月には宿の前の水害復旧工事が完了したと新潟県から報告を受けました。

嵐渓荘の福光桜

名残り雪をツクシが突き破った朝。
私たち夫婦は今泉先生とともに京都へお二人にお礼に伺いました。

嵐渓荘の福光桜

京都は晴天!桜も満開。すごい人混み、今泉先生会心の笑顔(^^)。
桜を寄贈してくださったお二方のうちの一人中村さんは、
奥様と私たちを京都案内してくださいました。

嵐渓荘の福光桜

宮川町でピックアップしていただき、鴨川から高野川までずーっと川沿いには満開の桜。

嵐渓荘の福光桜

お礼に伺いましたのに、名所めぐりにご案内いただき恐縮致しました。

嵐渓荘の福光桜

夜にはもう一人の寄贈者、松田さんも合流し楽しい京都の夜でありました。
お礼の気持ちをお伝えしに伺いましたが、京都の桜と寄贈者お二人のおもてなしに、
忘れられない京都旅行になりました…旅行になってしまいました(笑)
新潟は雪が降りますので、桜を痛めないようにするのは工夫もいります。
今泉先生と京都のお二人に頂いたお気持ちを、
私の目が黒いうちはしっかり受け止め、このしだれ桜かならずや名木に!

翌日、平安神宮の紅しだれ桜が凄い!ということで、立ち寄りました。

嵐渓荘の福光桜

立て看板を読むと、ここのしだれ桜も仙台市長から寄贈されたもので、
さらにそもそもは京都から東北にもっていった桜が「里帰り」したものだとか。
しだれ桜は昔から贈ったり贈られたりするものだったのかと知りました。

嵐渓荘の福光桜
みごとな枝ぶり、そして満開。さらに青空。
ここまで大きくなるには私が生きている間は無理だろうなー。
八重桜なのでボリュームもあり圧巻でした。

嵐渓荘の福光桜
嵐渓荘の福光桜、私が生きている間の目標はこの桜です。
平安神宮前の公園のまんなかにありました。これも八重ですね。

嵐渓荘の福光桜
20年前に地元のLIONSクラブが寄贈したものでした。
元々は嵐渓荘に植えられたくらいの桜だったのではないでしょうか。
20年後…私は60才をすこしこえていますね。
それまで宿とともに桜を守ってがんばろうとおもいます。

松田さん、中村さん、今泉先生。
このたびは誠にありがとうございました!
----この記事にコメントしましょう!----
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。